アカシックレコードとの出会い!恋愛の悩みが“悟り”をもたらした

アカシックレコードとの出会い!恋愛の悩みが“悟り”をもたらした スピリチュアル

最近、私は「アカシックレコード」について気になっています。

ある本がアカシックレコードについて言及していたんですが、このアカシックレコードって、私が大学時代に考えていたことなんですよね。

懐かしさもあって、アカシックレコード体験について綴ることにしました。

「記憶の場」としてのアカシックレコード

アカシックレコードは、宇宙全体で起こるあらゆる出来事や感情などが記録されている「記憶の場」「情報の場」のことです。

アカシックレコードは、過去の記憶をすべて含むと考えられるだけじゃなく、現在や未来の記憶も含むっていう説もあります。

「アカシック」はサンスクリット語の「アーカーシャ」に由来します。アーカーシャは、インド哲学では「虚空」を意味し、存在の一切をうちに含む宇宙の根本原理と考えられます。

哲学や宗教の用語から名付けられたことからもわかる通り、アカシックレコードと似たような概念は大昔からあったんですね。

キリスト教やイスラム教の「唯一神」、真言密教の「大日如来」、ヒンドゥー教の「ブラフマン」。プラトン哲学の「イデア論」、ユング心理学の「集合的無意識」。数学の「数学的宇宙仮説」、物理学の「人間原理」。

これらの概念は、論理を捨てた先にある場合もあれば、論理を突き詰めた先にある場合もあります。もちろん、考え方の細部は違います。でも、アカシックレコードをさまざまな側面から見ようとしたという点では、同じことを言っているんじゃないのかな、と私は思っています。

アカシックレコードを肯定しないと、私たちの住む世界について、説明できないことってたくさんありますよね。

宇宙誕生のきっかけをもたらしたのはいったい何?

世界中の神話が似通っているのはどうして?

臨死体験で多くの人たちが似たような光景と出会うのはなぜ?

考えれば考えるほど「わからない」が増えていって、最終的にはアカシックレコードにたどり着いちゃうんですよ。

精神的不安定からアカシックレコードへ

大学1年の頃、私は「自他の区別」という問題でとっても悩んでいました。

悩みのきっかけは恋愛でした。「どうして私の気持ちがあの人に伝わらないの?」から始まって、「そもそも自分と他人とは本当に異なる存在なの?」というところまでハマっちゃったんですよ。

哲学や宗教学などの講義を受けていたこともあって、「『絶対者』と自分が合一すれば、世界はガラッと変わるんじゃないかしら?」みたいなことを悶々と考え続けていました。

おかげで、頭の中がグッチョグチョ!心の病気レベル(笑)

当時の私が「絶対者」と考えていたのがアカシックレコードですね。

「神は歴史を動かしている」みたいに、アカシックレコードに人格を認めるかどうかは、解釈によりけりでしょう。

ただ、「自己」と「他者」の境界を越えてあらゆる人たちの無意識に共通して宿る記憶、さらには宇宙全体の変化を促している統一的な法則は、どんな解釈によっても排除できません。これこそがアカシックレコードでしょう。

話を戻して、大学1年の私は悩みに悩んで精神的に不安定でしたが、ちょうど大学が夏休みに入ったので、とりあえず実家に帰りました。

夏休み中は、部屋に引きこもって「あーでもない、こーでもない」って悩んでは泣いて、ときどき八つ当たりみたいに物に当たっていました。

両親は心配して「何を悩んでるの?」と聞いてくるんですが、私は口をつぐんでいました。両親からしたら、「自分と他人の違い?どうすれば『絶対者』と出会えるか?ハア?」ってなっちゃいますからね(笑)

そんなある日、私は気分転換に外へ出ました。

私の実家は山を切り崩して造成された新興住宅街で、路地をずっと歩いていくと、山に通じる道があるんです。私は山道の奥まで入っていって、自然の中に一人で立ってみました。

木々の間から差し込む光、草木によって浄化された空気、土の湿った香り、セミの声……。

五感を通して伝わってくる自然のエナジーを全身で受け止めながら、私は改めて「自分は何に悩んでいるのかしら?」って考えてみました。

このときふと、私は“悟り”を得たんです。固い殻がパリンと割れるような感覚!

――私は宇宙全体の一部だけど、そんな私の中にも宇宙全体がある。だから、私と他人との間に境界はない。

心からそう思ったんです。これを“悟り”っていうと大げさですが、実際にそのくらい衝撃的だったんですよ。

もっとわかりやすい言い方をすれば、「自分と他人とが同一ならば、自分が嫌なことを他人にしてはいけない」ってこと。子どもの頃から道徳として「自分が嫌なことを他人にしてはいけません」と言われますが、こうした言葉が腑に落ちた瞬間でした。

そこから自分の悩みを遡って、悩みのトリガーになった“恋愛”を解釈し直しました。そして、私が“恋愛”だと思っていたのは単なる“執着”で、「この人を自分のものにしたい」という醜い感情を“好意”として相手に押し付けようとしたから上手くいかなかったんだ、と気づきました。

この日から、私の悩みは治まっていきました。夏休みが終わって大学生活に戻っても、“好き”な人と距離を取るようにしたら、心の平穏が乱れることがなくなりました。

「この人のことが本当に好きだったわけじゃなかったのね」と冷静になったら、ギクシャクしていたその人との関係も改善しましたよ。もちろん“好き”って感情は消滅!(笑)

個人的な体験に過ぎませんが、大学1年の夏休みに経験した“悟り”こそが、アカシックレコードと出会えた瞬間だったと思っています。

アカシックレコードに出会うためのプロセス

大学1年のとき、恋愛をきっかけに私の悩みは膨らんでいきました。

「どうやったら、好きな人に振り向いてもらえるんだろう?」みたいな現実レベルの悩みに終始していたら、アカシックレコードに触れることはなかったはずです。

私の場合、「自他の区別」「絶対者」といった抽象的な次元に思考を進めた結果、地球上の自然を通して宇宙からのメッセージを受け止めることができたのでしょう。

たとえば、禅宗には、修行のための課題として「公案」があります。

有名な公案である「隻手の声」は、「両手を打ち合わせると音がするが、片手ではどんな音がするか?」という問題です。これは、現実世界での音を考えたところで、思考は堂々巡りするだけです。一方、抽象的な世界で「音」を捉え直し、それを感じることができれば、おそらく“悟り”に至るのでしょう。

私がアカシックレコードと出会えた経験は、「隻手の声」をきっかけに悟るのと同じだと思います。

宗教や哲学は、それぞれがいろんなことを言っています。でも、人間がアカシックレコード(神や絶対者、宇宙の根本原理など)に出会うためのプロセスに本質的な違いはないんじゃないでしょうか?

自分一人ではどうしても決められないことって、ありますよね?

それがとっても大切なことだと、なおさら決められなくなっちゃいます。

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